日本アルプス の古道を往く

日本アルプスの登山道や周辺の里山の道を歩いていると、それとは知らずにいにしえの道を歩いていることがあります。例えば焼岳を中尾温泉側から登ると稜線へ出る少し手前に秀綱神社という祠があります。後で調べてみると戦国時代飛騨を治めた領主三木秀綱が、羽柴秀吉に破れ飛騨松倉城から奥方様と落ち延び、途中二手に分かれ、奥方様がこの中尾峠を越えた島々で、三木秀綱自身は安房峠を越えた奈川で落ち武者狩りに遭い、それぞれ命を落とし、後に祀られた悲しい歴史がこの道にはあるようです。

このように日本アルプス周辺にはいくつか今でも語り継がれる古道があります。平地には塩の道と呼ばれた千国街道や善光寺街道などもありますが、山を越えることが大変だった時代、時には峠で物語が生まれ、歴史が刻まれていきました。ザラ峠、徳本峠、神坂峠、御所平峠、三伏峠、いずれもいにしえの道をまたぐ誰もが聞いたことのある日本アルプスにある峠です。秀綱婦人が逃げようとした中尾峠は、もちろん400年以上も前なので、今のままの森とは言えないでしょうが、その頃から歩いて峠を越えていた旅人がいたことは、間違いありません。彼らはどのような気持ちで山を越えていたのでしょうか。

「何事も かはりのみ行く世の中に おなじかげにて すめる月かな」(西行法師)

時代は大きく変わり、例えば焼岳の噴火によってこの辺りの景色は変わったかも知れませんが、旅人が梓川の畔から見上げた穂高山景の美しさは昔も変わらないたたずまいで、せつな心を休めた景色に違いありません。
こうした道を歩いて昔日旅人の気持ちを感じてみるのは、山岳観光のひとつの醍醐味といえるでしょう。ここでは日本アルプスにある古くから生活道として使われてきた古道をハイキングするルートをご紹介します。できれば事前にその道にまつわるいろいろな史実を調べてから歩くと、まるでタイムスリップしたかのように時代を感じることが出来るかも知れません。

甲斐と伊那谷を結ぶ歴史的な間道。悲運の将軍の涙、布教に心血を注いだ僧たちの汗、静かな山道に中世の歴史を感じ取ります。

古来、山域に住む人にとって貴重な塩はこの道で日本海から内陸に運ばれました。日本の原風景を残し日本アルプスの絶景を味わう古道です。

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