【CONTENTS】日本のライチョウの歴史と保全
日本人と雷鳥
ライチョウは北半球北部の寒冷地に広く分布しています。世界の最南限にいる亜種が日本のライチョウです。
日本には、古くから山には神霊が宿るという山岳信仰があり、奥山に棲むライチョウは神の化身や神使として崇められてきました。山は里の生活に必須の水源ともなり、稲作を支えてきました。ライチョウは多くの和歌や絵図に登場します。平安時代や鎌倉時代に「らいの鳥」として紹介され、その後「雷」の字が当てられます。雷鳥たる所以には諸説ありますが、ライチョウは暗雲や霧の中で姿を見せることが多く「雷鳥が出ると雷が鳴る」といった言い伝えもあります。捕食者となる猛禽類が飛ばないからかもしれません。江戸前期、京都御所の大火の中、雷鳥の絵巻のあった建物だけが焼け残り、その後、雷鳥の絵図は火難除けの護符として普及していきました。
山に対する神聖視や畏怖の念からか高山帯が開発されることはなく、ライチョウが狩猟されることも多くはなかったようです。明治時代に保護鳥、大正時代に天然記念物に指定され、今は種の保存法によっても守られています。人を恐れず、近くにいても逃げないのは世界のライチョウにない特徴だそうです。日本のライチョウの特性は、日本人の信仰や文化など長い歴史の中で維持されているのかもしれません。
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ハイマツの間で雛を抱く母ライチョウの姿。日本のライチョウは人間を怖がらないが、近づいたり、大声を出したりすることは厳禁。(写真:高橋 広平)
ライチョウが多く生息している日本百名山「乗鞍岳」。馬の鞍に山容が似ていることから名付けられたと言われている。
※写真は岐阜県高山市から撮影したもの。
ライチョウ保全のマザーランド「乗鞍岳」
特別天然記念物のライチョウは、いま絶滅の危機に直面しています。2012年に環境省が保護増殖事業を開始したことを機に、生息地での生息域内保全や動物園での生息域外保全が活発に進められています。
長野県と岐阜県の県境に位置する乗鞍岳は一大生息地で、多くのライチョウが生息しています。そのため、保全活動の拠点・出発点になっています。
生息域内保全技術のひとつとされている生息地での「ケージ保護」の方法は、乗鞍岳での研究成果をもとに開発され、実証実験が行われました。また、生息域外保全は、日本動物園水族館協会が協力して、2015年と2016年に乗鞍岳で採集した卵をもとにスタートしました。それに連動して私たちの研究室も、よりよい繁殖法の確立にむけて、動物園と繁殖生理の研究を続けています。乗鞍岳から始まった様々な取り組みによって、2019年からは、絶滅山岳の中央アルプスでの復活事業につながっています。保全活動の原点が、この乗鞍岳にあります。
「立山雷鳥版画護符」ライチョウの絵は火難除け・雷除けのお守りとして拡がる。(富山県立図書館所蔵資料)
乗鞍岳の缶バッジガチャ。自転車で訪れる人に人気。乗鞍岳の動植物や施設の紹介、自転車マナーなどの説明書が入っている。
生息域外保全事業が進められている動物園のライチョウ。