麓の集落で橋を渡り、そこから始まる立山登拝の旅
富山県のシンボル、立山。厳密には立山という名の単独峰はなく、雄山(標高3003m)、大汝山(標高3015m)、富士ノ折立(標高2999m)という三山の総称です。主峰・雄山の山頂には雄山神社 峰本社が鎮座し、7~9月の開山期間中はご祈祷や、お守りやお札の授与が行なわれています。
登山の起点として、多くの登山者が集まる室堂平。富山、長野の両県側からバスやケーブルカーなど、立山黒部アルペンルートのさまざまな乗り物を乗り継ぎ、労せずして標高2450mの地に降り立つことができます。ここから登山道が整備され、雄山山頂まで最短ルートで2時間ほど。
今回、立山の信仰登山を体験するうえで特筆したいのが、麓の立山町芦峅寺集落での過ごし方。かつて33の宿坊が並び、全国からの参拝者でにぎわった芦峅寺。死を経て入山し、山中で罪を清めて生まれ変わり、下山する「擬死再生」という、立山信仰の世界観に欠かせない要素がここにそろっているからです。かつての参拝者のように布橋を渡ることで、一時的な死を経験し、霊山に登る心の準備を整えていきます。また、集落にある富山県「立山博物館」では、この宗教観が凝縮して描かれた立山曼荼羅(複製)が見学可能。絵解きの役割があり、見れば立山信仰への理解がいっそう深まるでしょう。
立山信仰とは
縁起によると、701(大宝元)年、わずか16歳の佐伯有頼が開山のご神託を受けたという立山。その時、有頼を導いたのが白鷹と黒熊であり、鷹の正体が不動明王、熊の正体が阿弥陀如来と伝わります。日本古来の神道思想と外来の仏教思想が融合し、神仏習合となって立山信仰は全国に広まっていきました。
室堂平から東を見上げると、屏風のように立山三山がそびえ、北へ向かえば険しい岩稜帯の剱山が控えています。室堂平には青い湖面をたたえるみくりが池や、絶え間なく噴気が上がる地獄谷が存在し、一帯は美しくもあり、特異な景観。昔人は立山三山を極楽浄土に、剱岳やみくりが池、地獄谷を地獄に見立て、信仰と結びつけていきました。
立山曼荼羅とは
立山信仰の内容を大画面に描いた宗教絵画で、50点ほどが現存。芦峅寺や岩峅寺集落の宿坊の衆徒たちは各地に出向き、この曼荼羅で絵解きをしながら、信仰を広めていきました。持ち運びやすいよう、巻き物になっています。
立山周辺の案内
信仰の拠点ともいえる芦峅寺集落や、登山ベースとなる室堂平周辺には登拝登山にまつわる名所、旧跡が点在しています。その多くは立山曼荼羅に描かれ、照らし合わせながら訪れるとより印象深いものになるでしょう。
①死出の山路
この先はかつては「死出の山路」だった。
②布橋
朱色ではない時期に描かれた。
③猿橋
猿が蔓を渡して作ったとされている。
④美女杉
女人禁制の山へ入山し、
杉とされてしまった女性が描かれている。
⑤獅子ヶ鼻岩
急峻な岩場は今もそのまま。
登った先には天狗が待っている。
⑥ガキ田
餓鬼道地獄に堕ちた亡者が作った
田んぼとされる。
⑦地獄谷
立山曼荼羅のハイライト。
立山地獄は火山のガスや熱だった。
⑧閻魔台
閻魔台は地獄谷を見渡せる場所。
⑨玉殿岩屋
立山を開山した佐伯有頼が
射かけた熊を追ってたどり着いた岩屋。
⑩雄山
山頂では天女が舞う。
⑪剱岳
地獄の針山。
芦峅寺 主な信仰関連個所
雄山神社 祈願殿
雄山山頂の峰本社、芦峅寺集落の祈願殿、岩峅寺集落の前立社壇からなる雄山神社。明治時代の廃仏毀釈により、数々の宗教施設が取り壊されたなか、講堂が祈願殿として残っています。境内は樹齢500年を超える立山杉に囲まれ、厳かな雰囲気。
教算坊
芦峅寺にあった33の宿坊のうち、現存する建物の一つ。江戸後期の創建で、3列6室型の建物内部や、杉と苔の緑が美しい庭園が見学できます。宿泊だけでなく、宗教的儀式や登拝案内なども行なわれていたそうです。
富山県「立山博物館」展示館
立山の歴史や立山信仰、その舞台となった自然を紹介する富山県「立山博物館」のメイン施設。立山曼荼羅(複製)の展示を目の前にすると、地獄と極楽の描写のすさまじさに圧倒されるはず。描かれたシーンをわかりやすく解説しています。
布橋
あの世とこの世の境界に位置づけられる橋。男性のみが登拝を許された江戸時代、女性は彼岸の中日に行なわれた「布橋灌頂会」に参列することで極楽浄土を願いました。この儀式は廃仏毀釈で廃止され、1996年にイベントとして復活。
閻魔堂
布橋灌頂会に集まった女性たちが閻魔大王に懺悔したお堂。廃仏毀釈で取り壊され、1928(昭和3)年頃に再建されました。壇上の本尊閻魔王座像を中心に、南北朝時代の作といわれる仏像が並んでいます。
まんだら食堂
かつて宿坊で出されていた精進料理を盛り込んだ「まんだら御膳」が評判。郷土料理の「つぼ煮」も味わえ、山菜のこごみ、ニンジン、サトイモ、厚揚げなどを昆布だしで煮立てたやさしい味わいにお腹も心も満足するはず。
室堂平周辺 主な信仰関連個所
立山室堂山荘旧跡
現存する日本最古の山小屋で、国の重要文化財。現在の建物は1726(享保11)年の再建といわれ、それ以前にも建物があったことが確認されています。7月から10月上旬に内部を一般公開。室堂平の地名はこの建造物から派生しています。
玉殿岩屋
2つの洞窟は、その昔、立山火山から噴出した溶岩が冷却する際、板状の岩盤が発達してできたもの。佐伯有頼が黒熊と白鷹に導かれ、この洞窟に入り込んだところ、立山を開山するようお告げを受けた伝説があります。
地獄谷
立山信仰における「地獄」を象徴する存在。荒涼とした谷間に火山ガスを噴出する噴気口がいくつもあり、一帯は硫黄の匂いが立ち込めています。現在は立ち入り禁止で、展望台から眺めることができます。
みくりが池
立山火山によってできた火山湖で、周囲は約630m。紺碧の水面が神秘的な雰囲気を漂わせ、晴れた日には立山の美しい姿を映し出す景勝地です。立山曼荼羅では「地獄」の一つとして描かれています。
弥陀ヶ原
室堂平、天狗平と並ぶ立山火山の溶岩台地。広大な高原に遊歩道が整備され、高山植物を愛でながら散策が楽しめます。大小3000もの池塘が点在し、通称「餓鬼の田」とも。立山曼荼羅ではこちらも「地獄」に見立てられています。
称名滝
弥陀ヶ原から4段になって流れ落ち、日本一の落差350mを誇る瀑布。水しぶきをあげるダイナミックなようすは、大日岳登山口近くの展望台から間近に見ることができます。「日本の滝100選」「日本の音風景百選」に選ばれています。
立山信仰登拝ツアー
一般的な登山ツアーとは異なり、「登拝」がキーワードとなるこの旅では、芦峅寺出身で立山信仰を熟知したガイド2人の存在が際立ちます。1日目は佐伯実さんの案内で芦峅寺にある雄山神社 祈願殿をはじめ、信仰にゆかりある施設へ。2、3日目は佐伯知彦さんの先導で室堂平から雄山山頂へ。3日間をとおして立山信仰を体感していきます。
1日目ツアー行程
富山地方鉄道千垣駅
↓ タクシーで移動
芦峅寺公民館
↓ 徒歩すぐ
遥望館
↓ 徒歩すぐ
2日目ツアー行程
立山黒部アルペンルート立山駅
↓ ケーブルカーとバスで移動
↓ 徒歩10分
↓ 徒歩2時間
↓ 徒歩5分
3日目ツアー行程
ルートガイド
<1日目ツアー行程>
1日目は芦峅寺集落の公民館で白装束に着替えた後、雄山神社 祈願殿で祈祷を受けます。そこから隣接する富山県「立山博物館」展示館、教算坊へ。
続いて、集落の東端にある閻魔堂、布橋、映像で立山の歴史や信仰を紹介する「遥望館」、立山曼荼羅の世界を五感で体感できる「まんだら遊園」へ。
夕食はまんだら食堂で地味豊かな精進料理を。食事中、佐伯実さんがお手製の立山曼荼羅を広げ、各場面を解説してくれるので、知識が深まります。食後は立山黒部アルペンルート立山駅前の民宿へ。
<2日目ツアー行程>
2日目は立山駅から立山黒部アルペンルートを利用。弥陀ヶ原を経由し、室堂平へ向かいます。バスターミナルに降り立つと雄大な山岳風景が目の前に。
宿泊先である立山室堂山荘に不要な荷物をデポし、雄山へ向けて登山開始。道中、佐伯知彦さんが自筆の立山曼荼羅を取り出し、要所の説明をしてくれます。ゆるやかで歩きやすい遊歩道の先が一ノ越。一の越山荘があるのでひと息入れます。
この先はガレ場の急登を進みます。出発から2時間ほどで、雄山山頂に到着。剱岳や北アルプスの大パノラマが広がり、達成感を味わいながら、用意されたお弁当で昼食タイム。
同じルートを下り、立山室堂山荘に隣接する立山室堂や玉殿岩屋を見学。宿で広い湯船に浸かれば、一日を振り返るよいひとときに。
<3日目ツアー行程>
3日目は室堂平に延びる遊歩道を散策し、みくりが池や地獄谷を見学します。天候などにより、室堂平から立山駅に向かう途中、弥陀ヶ原に立ち寄ることも可能です。
日本一の落差を誇る称名滝へはタクシーで。見学後、近隣の食堂で山菜料理やイワナの唐揚げなどを昼食に味わいます。
映画などのロケ地になることも多い、レトロな岩峅寺駅から帰路に着きます。
ツアーの鍵は名ガイドの方々
佐伯 実さん
立山信仰の面影が色濃く残る芦峅寺をわかりやすく案内。立山芦峅ふるさと交流館で館長を務め、地元の魅力発信に尽力する。芦峅寺で旧宿坊「三学坊」を営んでいた家系。
佐伯 知彦さん
山岳ガイド、「山賊倶楽部とやま」代表。立山案内人組合(現立山ガイド協会)を設立した名ガイド・佐伯平蔵を曽祖父にもつ。2019年にエベレスト登頂を果たす。
立山・信仰登拝ツアー 道中記
ブルース・ギルフォイル/アメリカ出身
日本在住は40年以上。広告会社でLLbeanなどのアウトドアブランドも手がける。現在は日本アルプスガイドセンターのインバウンドアドバイザー。 在日外国人とは幅広いネットワークを 持つ。
アニカ・ゴデック/ポーランド出身
日本在住は4年目。現在は東京の府中市役所でインバウンドツーリスト向けの窓口をしている。
とにかく日本人と日本文化へ強い関心と愛情を持ち、今回の信仰登山も並々ならぬ意欲を持って 参加した。日本に来てからハイキング熱も芽生え、富士山には4度も登頂している。
マーク・フォーティ/アメリカ出身
1988年来日。出身はアメリカニュージャージー州。外資系企業勤務を経て2007年独自にコンサルタント会社を立ち上げる。
日本の自然を愛するアウトドアフリーカーとして、ハイキングやトレッキングだけではなく、トレランやサイクリングなど幅広くアクティブに活動している。
ブルースさんのコメント
●ガイドについて
山岳ガイドの知彦さんは、真のプロに率いられているという安心感を参加者に与えてくれます。
●立山登山・室堂平について
頂上への登りは四方八方にたくさんの美しい景色がいっぱいでした。頂上では雲が切れるのを待っていたので、富士山や近くの山々を垣間見ることができ、とてもワクワクしました。
16歳の佐伯有頼(約1400年前に立山を開山したといわれる)が、胸に矢が刺さった阿弥陀如来を見つけた洞窟へのサイドトリップは素晴らしいものでした。
●立山曼荼羅について
●友人たちにもこのツアーをすすめたい!
「信仰登山」は奥深く豊かなテーマであり、潜在的な旅行者を日本へ誘うことは間違いありません。日本アルプスの美しい自然は、この山域を楽しむ一面に過ぎません。信仰登山は美しい自然と同じ目線で語ることができます。いずれにせよ、日本訪問の際に信仰登山を追加することで、興味深いテーマやフォトジェニックなシーンで思い出がいっぱいになるでしょう。
●もっと伝えたい!
アニカさんのコメント
●まんだら食堂のおもてなし、実さんの立山曼荼羅の絵解きとその説明
●立山曼荼羅で描かれたスポットを実際のハイキングで体験する
さらに立山曼荼羅は人生をより深く理解し、今置かれた私の環境に感謝することができます。今回、立山曼荼羅に関連するものを見たり、聞いたり、読んだり、質問したり、触れたりすることができ、 素晴らしい経験でしたし、もっと研究したくなりました。
●立山への2時間の登山と室堂山荘での快適な宿泊
立山室堂山荘からの前半は、まるで石の小道を歩いているようなもので、残りの半分は自然な山登りでした。途中の一の越山荘では暖まったりもできるし、トイレもあります。宿泊した立山室堂山荘はとても広く、清潔で暖かい山荘です! そして、巨大なお風呂! ワオ! もっと長く滞在を楽しみたいと感じるほど、お気に入りの山荘になりました。
●友人たちにもこのツアーをすすめたい!
1.簡単、便利、安全な登り。私たちは荷物を山小屋に置いて、登るのに必要なものだけを持ちました。途中でトイレや、温かい食べ物や飲み物もあり、山頂からは素晴らしい眺めが。登山基地となる室堂へはバスやケーブルカーで行くことができ、体力を消費することなく快適な登山を楽しむことができます。
2.人生で泊まったなかで最高の山小屋! 広いスペースからお風呂、美味しい料理まで、登山の前後にリラックスできるものがたくさんあります。スタッフはフレンドリーで協力的。 ほかに多くの人が同じ場所に滞在しているので、孤独を感じることはありません。
3.地元観光協会の皆さんや富山県「立山博物館」のおもてなし。私たちが到着した瞬間から、温かく迎えてくれ、白装束を着るのを手伝ってくれました。そして、後で共有する写真を撮ってくれました。いつも笑顔で接してくれ、ちょっとしたお話を楽しむこともできました。
4.歴史的な出来事、自然、日本の宗教、日本の生活様式に関連する感情的および精神的な経験。ガイドがすべてを詳細に説明し、すべての質問に答えてくれました。
5.ユニークな日本料理体験。すべての食事は新鮮で健康的なもので、珍しく、非常においしいです。ベジタリアン向けで、デトックスが必要な方に最適です。
6.景色、最高の自然! 自然界のなかでのリラックスした調和のとれた旅。
7.本からは簡単に学ぶことができない、日本文化の特別な部分について学びましょう。立山曼荼羅などの知識を伝える英語の本はまだ少ない。
●もっと伝えたい!
私はこのツアーが今後、何年にもわたって大成功を収めると100%確信しています。また戻ってきて、立山や芦峅寺にあるすべての美しい場所を再訪する機会を得る日が、待ちきれません!
マークさんのコメント
●立山登山について
●芦峅寺散策について
●称名滝について
●友人たちにもこのツアーをすすめたい!
ツアーはとてもインタラクティブでした。私たちは白装束に着替えたり、祈祷に参加したりしました。